「会社経営に飽きた、この会社から手を引いて別な事業を始めたい」
「息子は会社を引き継ぎたくないといっているし、私も継がせたくない。かといって引き継いでもらいたい職員もいない」
「会社経営から手を引きたいけれど、廃業して従業員を路頭に迷わせたくない」
「長年運営してきた会社から手を引いて、妻と二人の生活が成り立っていくのか、事前に知りたい」
という顧客を抱えている税理士や保険の外交員の皆さんに、会社を売却するための具体的な手順を解説します。
CB研には企業のM&Aにかかわる経験豊富な中小企業診断士や公認会計士に加えて税理士や弁護士も参加しており、これらのあらゆる局面において譲渡側ならびに譲受側の企業のお役に立つことができます。
1.会社の売却手順
2.会社売却の意思確認
3.会社の価値の評価
4.会社売却手法の検討
5.会社売却の条件整備・磨き上げ
6.会社売却の意思決定
7.仲介会社・FAの選定
8.譲受会社のリストアップ
9.譲受会社の選定・交渉
10.基本合意
11.デュー・デリジェンス
12.譲渡契約調印・クロージング
13.ポストM&A.M&A今昔
会社を売却するにはおおむね下図のような手順を踏みます。①から⑤までは売却行動に移る前の事前検討・行為です。⑥から⑫までが社外へ向けた活動になります。
まず会社を自分の息子や娘(婿)あるいは従業員に引き継がず、第三者に売却せざるを得ないのかあらためて確認します。
会社売却に向けて磨き上げていった結果、業績が向上していって、引き継がないといっていた息子や従業員が、引き継ぐという意思表示をする場合があります。
会社を売却して、引退後の生活に支障はないのか、あるいは売却で得た資金で新たに事業を始められるのか、気がかりなところです。会社売却の意思決定の前に検討して、心づもりしておきます。
会社の価値の評価は、過去の営業成績等から計数的に算出できます。
具体的には、例えば、
会社の価値=時価純資産+のれん代(3年~5年間の営業利益あるいはキャッシュフロー)
この評価にのらない価値があります。
譲受企業が企業買収や事業買収をする目的は様々です。買収の目的に応じて様々な価値評価を行います。マーケットや人材、技術、単なる立地条件の良い店舗に着目している企業もあります。譲受企業側の価値評価が計数的に算出される価値よりもはるかに大きいことがあります。
株式の売却あるいは事業の全部もしくは一部の譲渡を通じて会社を売却するのかを検討します。これは譲受会社の思惑にも大きく左右されます。
会社を第三者に売却するのに、多くは株式を売却する方法と、事業を売却する方法が採られます。譲受会社からみると、事業の譲受、吸収合併、吸収分割、株式交換などの方法が選択されるでしょう。
株式譲渡では、未払い残業代や退職給付引当金の不足などの簿外債務や係争中の損害賠償債務、手形割引・裏書譲渡等の偶発債務(現時点では将来債務が発生するかどうかははっきりしないが、将来債務が発生するかもしれない可能性が決算日時点で認められる債務)がデュー・デリジェンスにおいて発見され、譲渡価格の引き下げ、場合によっては契約自体が不成立になることがあります。
事業譲渡では、譲渡事業に含まれる契約関係や許認可等の多くは自動的に引き継ぐことができないので、譲受側は注意が必要です。
株式の売却にせよ事業譲渡にせよ、会社を売却できる条件を整え、高く売却できるよう業績を改善・向上させていきます。以下の手順をふみます。
1)会社の経営状況把握
会社を売却できる条件が整っているか確認し、経営状況を把握することです。事業をこれからも維持・成長させていくために、利益を確保できる仕組みになっているか、仕入先、商品やサービスの内容、人材、顧客基盤、競争相手などについて、他社と比べた強みがどこにあるのか、また弱みは何かを点検します。
2)会社を売却できる条件整備
(1)株式の整理
会社を売却あるいは事業譲渡できるように経営者に株式を集約する、もしくは特別決議に必要な2/3以上の議決権を確保します。譲受側の多くは100%譲受けることを希望するでしょう。
1990年の商法改正前は、7人以上の発起人(出資者)がいないと会社を設立することが出来なかったことから、実際に出資せずに名前だけを貸している株主がいる会社があります。これを名義株といいます。
株式を売却したくても、名義株である株式を売却できないことがあるので、名義株を解消して経営者に集約します。
(2)資産の整理
会社売却のためには資産の整理が必要です。
まずは経営者の個人用資産と会社の資産との区別です。これが入り乱れていると会社の価値を正しく評価することができません。経営者と会社との間の貸借関係を確認し、明確にします。
次は簿外債務と偶発債務の解消です。
簿外債務には未払い残業代や退職給付引当金不足、買掛金・未払金の計上漏れなどがあります。これは譲渡代金の減額要因になります。
株式譲渡、会社分割、合併などの方法では、偶発債務が発見されると、契約が不成立になる可能性が高いので注意が必要です。偶発債務には債務保証や係争中の損害賠償債務、手形割引・裏書譲渡による債務、デリバティブによる債務等があります。
(3)磨き上げ(業績の改善・向上)
会社の「強み」をいっそう強くし、業務の流れに無駄がなく、効率的な事業体制を構築します。会社を売却する意思を固めているからといって、高く売却するためには経営に手を抜くことはできません。
事業の全部または事業の重要な一部を譲渡する場合は、株主総会において出席議決権の2/3以上の特別決議が必要です。この特別決議は実際には事業譲渡契約を締結する直前に実施されます。
仲介会社は譲渡会社と譲受会社との双方の情報を持っているので、双方の妥協点を見出しやすいという利点があります。しかし譲渡会社との付き合いは今回限りですが、譲受会社とは今後も付き合うことがあり得るので、どちらかというと譲受会社に分のいい条件で契約をまとめることがあるので注意が必要です。
FAは譲渡会社もしくは譲受会社の調査(リストアップ)に始まって、資金調達や税務・法務・条件交渉など多角的なアドバイスを行って、譲渡側または譲受側の利益の最大化を図ります。
仲介会社とFAの報酬は着手金、月額報酬、中間金、成果報酬からなることが多く、構成や金額は会社によってまちまちです。信頼のおける会社を選ぶことが重要です。
譲受候補会社を通常10社、あるいはそれ以上のロングリストの中から数社のショートリストに絞り込みます。
仲介者・FAは譲渡会社を特定できない内容のデータ(ノンネーム・シート (ティ―ザー))を ロングリストの中の会社に送付し打診します。そこで関心を示した候補先から 数社程度をリストアップ(ショートリスト)します。
ショートリストに挙がった会社との間で秘密保持契約を締結した上で、譲渡会社の企業概要書を譲受候補企業に交付し、譲受側の譲受条件(意向表明書IoT:Letter of Intent)を提示してもらい、選定を進めます。
この選定は入札による場合もありますが、最も良い条件を提示した会社を譲受会社とすることもあります。譲受候補会社の経営者との相性や企業文化が選定の重要なポイントとなる場合がしばしがあります。
ここが最も重要な局面です。この段階では面談等による経営者同士の信頼関係が築かれていることが重要です。法的な拘束力はないとはいえ、最終合意においては基本合意内容を大きく逸脱するようなことはほとんどないからです。
基本合意書には譲渡側と譲受側との間で最終契約におけるスキーム(株式譲渡や事業譲渡といった手法)、 デュー・デリジェンス(DD) 前の時点における譲渡対価の予定額や経営者その他の役員・従業員の処遇、最終的な譲渡契約締結までのスケジュールと双方の実施事項や遵守事項、条件の最終調整方法等、主要な合意事項が盛り込まれます。
最終的な譲渡契約書の締結までの期間(DDに要する期間)を見据えて、独占交渉期間が設定されます。
基本合意以降は、合意先以外の譲受候補会社との間で、会社売却に関する接触はできません。
デュー・デリジェンス(DD)では譲受側が、譲渡会社の事業(の将来)性・財務・法務・税務等の実態について、FAや士業等専門家を活用して調査します。
譲渡対価の金額の精査や、判明した実態を踏まえて、譲受後の業績の改善・向上等の目的で行われます。どのような事項についてDDを行うかは譲受け側の意向に従うことになります。
譲渡会社にとっては、安心して会社を買ってもらうための作業といえます。
譲渡側が会社の売却に関して社内(役員・従業員等)への情報開示を行っていない場合が多いので、役員・従業員等に悟られずに実施する等の工夫が必要です。
デュー・デリジェンス(DD)で明らかになった点や基本合意で留保していた事項について再交渉を行い、最終的な契約を締結して契約条件が履行されてクロージングとなります。
譲渡契約書には最終的な譲渡価額、表明保証(開示した内容に間違いがないことを「表明」し、相手側に「保証」する)の内容、補償責任の内容、役員と従業員の引継ぎ、競業避止義務(会社法では事業を譲渡した会社は同一の地域内において事業を譲渡した日から20年間同一の事業を行ってはならないと定められています)、クロージングまでの日程、善管注意義務、譲渡代金の支払い・株式の引渡し等が記載されます。
事業譲渡という場合には、譲受側は不動産登記手続や契約関係の引継ぎ、許認可の速やかな取得を行う必要があります。
譲渡契約書については企業M&Aの経験豊富な弁護士にみてもらったほうが良いでしょう。
クロージング後も譲渡側経営者は事業の統合に伴う作業として、譲受会社による 円滑な引継ぎ等に向けて誠実に対応する必要があります。
特に譲渡契約において具体的な協力義務等を定めている場合には、この協力義務を果たす必要があります。
中小M&Aガイドライン―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―
https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200331001/20200331001-2.pdf
阿部令一(中小企業診断士)
服部慶吾(中小企業診断士)
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