本書「すごい共感マネジメント」は一部上場企業の管理職を長年経験し、国家資格である中小企業診断士としても活躍する中田 仁之氏が自らの経験に基づいて、部下に対してどのように関わり戦力にしていくか、どのようにしてチームとしての成果を最大化するかが書かれている。
1.女子中学生のマネジメントが難しい?
2.部下への接し方
3.リーダーが発する空気
4.最後に
まず、著者の経歴は稀有である。一部上場企業の管理職、中小企業診断士だけでなく、大学野球の日本代表の経験があり、女子中学野球部のコーチもされている。その女子中学野球部は全国でも屈指の強豪校であり、著者も女子中学生のマネジメントが最も難しいと述べている。
このような稀有な経歴をもつ著者から紡ぎ出される言葉の数々は経験に裏打ちされたものばかりであり、私のような管理職にとって即現場で活用できるものばかりである。著者は強い組織を作るためにリーダーとしてとるべき手順を
①感謝を伝える
②可能性を信じる
③誤った行為を叱る
④感情を共有する
⑤チーム心を養う
の5つあげている。本書もこの5つの項目にしたがって章立てされており、とるべき具体的な行動が著者のエピソードに基づいて記されている。
また、本書を通じてこのリーダーがとるべき手順の5項目だけでなく、大切なポイントについては項目立てて整理されているので、実際現場で活用する際に想起しやすく、若手リーダーに指導を行うときにも役に立つだろう。
「感謝を伝える」の章では感謝を伝えることの重要性と具体的な行動事例が示されている。その中で家族への感謝を伝える重要性が述べられている部分がある。私も管理職が長く、部下に感謝を示すことの重要性は多くの上司から叩き込まれ、そのようにしてきたつもりだった。
しかし、著者は家族に感謝することが感謝の原点であり、その暖かさが人に伝わると述べており、私はハッと気づかされた。振り返ってみると単身赴任が長く、家族に感謝を伝えられてない、そして部下への感謝もマニュアル的でうわべだけだったのではないかと。本書は仕事以外の事例を通じて、多くの気づきを与えてくれる。
「可能性を信じる」の章では、部下の可能性を信じる前にリーダーとしての自らの可能性を信じることが必要だと述べている。また、リーダーの発する言葉はこちらが思っている以上に影響力を与えているとも述べている。私の人生を振り返った際、苦しいときやきついときに見守ってくれた家族や上司、親友がいた。
一方、私は部下からみて、可能性を信じてくれている存在になっているであろうか。そのように考えたとき、前章「感謝を伝える」の家族への感謝が原点という言葉を思い出した。子供の可能性を本気で信じているだろうか。本気で向き合っているだろうか。気づかないうちに自らの価値観を尺度にして接していないだろうか。子供に接している態度がおそらく、部下への態度でもあるのだろうと本章を通じて自省を促してくれた。
「誤った行為を叱る」の章では、冒頭に叱る際のポイントを3つあげている。 ①タイミングは「今、この瞬間」 ②直す方法をセットで伝える ③その後の成果を認める である。
加えてこの章では「愛厳の精神」という言葉が出てくる。「愛厳の精神」とは自分と関わることでこの部下はきっと良くなると信じきり、そのためにあえて厳しいことを伝える心構えのことである。言い換えると、リーダー自らが部下に対して壁を作り、部下の成長を促すことである。
私も振り返ってみると、人生の節目で壁を作ってくれた人に出会ってきた。そのときは私の成長のために壁を作ってくれていると認識できず、逃げたくなることもあった。著者も自らの経験を織りまぜながら壁を作ってくれることのありがたさ、そしてそれに対して最後まで粘りながらトライすることの大切さをこの章のなかで述べている。
また、40歳を超えてくると、私に壁を作ってくれる人がだんだん少なくなってきたと実感することがある。年齢を重ねるとなおさら壁を作ってくれる人の出会いを大切にし、また自らにも壁を作り成長することを忘れないようにしたいものである。
「感情を共有する」の章では自らの感情感度を高めることの大切さと本気の応援とは、チームの一体化を醸成するにはどうしたらいいかが書かれている。劇作家の鴻上尚史も著書「あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント」の中で日ごろから感情のストレッチを行うこと、そして感情のストレッチを怠ると感受性をもどすのは難しいと述べている。
また、うつ病の要因のひとつとして、感情を押し殺すことによる感受性の低下が言われている。適切な場で適切に感情を表明し、ありふれた日常の中での小さな感動を大切にしていくことで感情の感度は高められると考えている。そして、そのような場をリーダーは仕事を通じて部下に提供すべきだと考えている。
「チーム心を養う」の章では成果を出すチームの条件とは、またリーダーが発する空気、雰囲気がそのままチームの空気になることを述べている。この章の中で、チームが変化する過程でリーダーが涙を流す場面がある。最近の仕事の中で涙を流すほど本気になっているだろうか、本気で部下を応援しているだろうか。管理職という殻を破って、もっと正直に部下と接してもいいのではと気づかされるエピソードである。
以上、本書全体を通じて言えることは、仕事の場面だけでなく、家族や野球などさまざまなエピソードを織りまぜながらリーダーのあるべき姿が書かれている。そしてそのエピソードは誰もが似た経験をしたことがあるものばかりで、それゆえに読み手の感情を揺さぶられるものばかりである。
感情を揺さぶることにより、著者は読者に対して多くの気づきやフィードバックを与える。その点で本書は他のビジネス書とは一線を画す良書である。管理職だけでなく、リーダーを目指している若手にもぜひ手にとってほしい本である。
安野 元人(中小企業診断士)
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