製造業の中小企業が顧客のQCD(品質・コスト・納期)の要求を満たしていても、ある日取引を停止されてしまうことがあります。これは、顧客企業を取り巻く環境が変化しているためです。この「変化」を理解し対応すれば、簡単に「切られる」ことを防げ、逆に受注拡大のチャンスにもなります。
目次 |
1.顧客企業を取り巻く環境を理解する
2.生産現場の健康診断!でも、何を使ってどうやればいいの? 3.改善計画を実行して、顧客に説明できる状態に 4.まとめ |
2017年12月、有名アパレルブランドの川上の縫製工場における外国人技能実習生の労務管理・安全衛生問題が報道されました。このとき、ブランド企業の対応のまずさもあり、工場よりもむしろブランド企業に非難が集中しました。
このように昨今では、サプライチェーン上の川上企業の経営問題は、最終ブランド企業の責任として問われることが多くなっています。特に日本企業に対しては、2020年の東京オリンピックを控え、海外の消費者やメディアからも労務管理・安全衛生に関する取り組みの不十分さが再三指摘されています。逆に川上の製造業企業にとっては、川下企業から自社に対する労務管理・安全衛生問題の改善を要請する動きが強まっている、ということを示しています。顧客のQCD(品質・コスト・納期)の要請に応じ続けても、ある日突然、取引の停止を通告されてしまうのです。
そこで製造業企業は、自社生産現場における労務管理・安全衛生のリスクを改善することで、簡単に「切られる」リスクを回避することが考えられます。さらに、この方針、取り組み、改善結果を積極的に顧客や社外ステークホルダーに説明することで、顧客や社外からの信頼を獲得し、「安心して取引できる相手」として認知されますので、過剰な価格競争の回避、受注の維持、ひいては受注拡大や新規顧客獲得といった増力化の道が開けます。
「安心して取引できる相手」として認知を得る手順(図1)について、簡単に説明していきます。
■図1:「安心して取引できる相手」として認知を得る手順
まず、「生産現場の総点検」です。これは、いわば健康診断のようなものですので、重要なのは、好成績を挙げることではなく、実態を正しく反映することです。
点検の基準は、もし顧客から「CSRアンケート」「CSR調査票」といったツールを受け取っていれば、その中の労務管理や安全衛生に関する項目が使えます。それ以外では、国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)が作成し、無償で広く使える「セルフ・アセスメント・ツール」(図2)を活用する方法があります。このツールは環境、人権、労働、公正な企業活動などの114設問で構成されており、その中の人権および労働の32設問(図3)を使います。
GCNJのツールは、本来は「自社の取引先に配布してセルフチェックを行ってもらう」ことを目的としています。しかしそのツールを、ある顧客から要請されたと思って自社で使う、ということです。
GCNJのツールを使う場合、32設問に対して、好成績を狙わず、正直に、できればやや厳し目に回答します。ここで把握すべき問題・リスクを見逃してしまうと、改善につなげられず、いつ自社の問題・リスクが顕在化してもおかしくない状態になってしまいます。もちろん、環境など残り82設問について合わせて回答してもかまいません。
回答の入力が完了すると、集計結果がスコアとレーダーチャートが示されます(図4)。しかし、得点率はあまり気にせず、個々の設問とその回答を振り返って、リスクの発生可能性と影響度から自社の大きな経営リスクがどこにあるかを検証します。
■図2 GCNJ「セルフ・アセスメント・ツール・セット」
出所:http://www.ungcjn.org/activities/topics/detail.php?id=217
■図3 GCNJのツールの設問(人権・労働領域を抜粋)
出所:http://www.ungcjn.org/activities/topics/detail.php?id=217
■図4 GCNJのツールを使用した結果チャート(イメージ)
出所:http://www.ungcjn.org/activities/topics/detail.php?id=217
ここで終わってしまってはいけません。ここからが大切です。自社の大きなリスクがある設問項目に対して、改善計画を策定し、実行します。改善計画は、いま起きている問題を急ぎ改善する「応急策」と、今後問題が再発しないような仕組みづくりをする「恒久策」の両面で検討します。
改善計画の内容によっては、投資を伴います。たとえば、「従業員の作業工程に危険性があり、原因は生産装置の老朽化であるため、対策として安全性の高い装置を導入するための取替投資を行う」などの場合です。しかしこの取替投資は、従業員の危険の低減に加え、作業効率の改善、歩留まりの改善など生産性向上にもつながりますので、「経営力向上計画」などを策定して税制・融資などの面で各種優遇措置を受けることも検討するとよいでしょう。
そして、この取り組みや結果、そして改善の効果を積極的に顧客に発信すれば、顧客からも「安心して取引できる相手」として認知され、突然切られる可能性を大きく低減することができます。情報発信は、図1のとおり「総点検」「リスク評価」「改善計画の実行と効果確認」の順に構成すれば、顧客などステークホルダーに対して納得度の高い説明になります。
製造業の中小企業を想定し、セルフチェックの結果からどこに大きなリスクが存在するか、また応急策・恒久策の改善計画をどのように策定すればよいか、あるいは経営力向上計画を策定して優遇措置を受けるにはどうしたらよいか、などは、中小企業診断士など専門家のアドバイスを求めるとよいでしょう。
製造業企業が顧客から「切られる」リスクを抑え受注増につなげるアプローチの一例を紹介しました。これは、売上の維持拡大以外にも、品質の改善、生産計画の達成、納期の順守、従業員の定着率向上など、様々なメリットをもたらします。自社が10年、30年続く企業になるために、ぜひ「健康診断」と「改善」に取り組んでみてください。
加藤 弘之樹(中小企業診断士)
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